自分の生まれ故郷へ帰ることができる日ができますように

Home | 難民支援を考える | 自分の生まれ故郷へ帰ることができる日ができますように

難民問題というのは日本に住んでいるとあまり実感がない。命を守るために他
の国へ逃げなければならないというシチュエーションは日本では考えられない
からだ。しかし世界には、命をかけて逃げ出して、そしてようやく安全に住め
る場所へたどりついたものの、今度は基本的人権もなく、何かあっても自分の
国ではないから政府から保障があるわけでもなく、結局不安な日々を送らざる
をえない人たちがたくさんいる。

2015年4月にネパールで大地震が発生し、各国からの支援が相次いだが、支援
を受けることができない人たちがいた。チベット難民だ。ネパールにはチベッ
トからの難民が約2万人住んでいるが、ネパール政府は各国からの支援物質を
ネパール人には配給したが、チベット人への配給はなかった。正式な国民では
ないので仕方がないといえば、仕方がないのかもしれないが、同じ場所で同じ
被害にあっているのに、このような待遇を受けてしまうのが難民の境遇の困難
なところだと改めて思った。

インドのチベット難民エリア、ネパールのチベット難民エリアを訪ねたことがあるが、
それなりにコミュニティーができていて、表面上では難民という名前ながらも
安定した生活ができているのかな、と思っていたけれど、
いざ何かあったときに助けてくれる政府がないのが難民なのだ。
頼れるものは何もない、自分でどうにかするしかないのだ。

日本にいても、生活が完全に保障されているわけではないけれど、それでも日
本という国に守られている面は多々ある。難民の人たちの生活の不安定さとは
比べ物にならないだろう。日本にいると自分が難民になることなんて想像もで
きないが、今、難民として他の国に住んでいる人たちも、元は平和に自分たち
の国で暮らしていた人たちなのだ。それがあるとき、自分たちの国が争いの場
所となり、不可抗力でそこから出なくてはならなかったのだ。難民になりたく
てなった人など1人もいない。

さらに紛争が長引き、難民二世三世が生まれてくると、彼らのアイデンティ
ティーの喪失はますます複雑な問題になってくる。自分はここで生まれたけれ
ど、ここは自分の国ではない、という状況ではアイデンティティーを育てるの
も非常に困難になるだろう。

日本人は難民問題に無関心すぎるとよく言われる。私は無関心なつもりはない
けれど、かといって何ができるとも思えない。関心を持ったところで何もでき
ないではないか。援助や寄付ぐらいはできるかもしれないが、それでは根本的
な解決にはならない。難民問題はあまりにも大きすぎて、無関心はよくないと
言われても、ではどうすればいいのか、私にはわからない。